イースター島にはなぜ森林がないのか調べてみた

日本からかなり遠くにある謎多き島イースター島。イースター島に一度は訪れてみたいと思いませんか?
イースター島に上陸すると、木々がとても少ないことに気がつくと思います。イースター島にはなぜ森林がないのでしょうか?森林が少ない理由を解明するため、現地で聞いた話、イースター島の場所やイースター島にまつわる歴史物語を踏まえて、イースター島の森林が少ない理由を調べてみました。森林がなくなったのはモアイのせいなのでしょうか?モアイにまつわる謎も少しわかるかも。

イースター島の場所

イースター島の場所
イースター島は、チリ共和国という国に属しています。イースター島はチリからは約3700キロメートルも離れています。絶海の孤島と呼ばれるほど、周囲に人が住む島も大陸もありません。人が住む一番近い島まで2000キロメートル。日本の距離で例えると、北海道の稚内市から鹿児島見の屋久島までの直線距離ぐらいが2000キロです。

イースター島はどんな島

ラノララク
三角の形をした小さな島がイースター島です。
島の周囲が約58キロなので時速60キロの車で1時間もあればイースター島を一周まわることができます。

島にあるマタベリ空港は、長さ3300メートルもあります。なんと宇宙開発事業団のNASAの緊急着陸地点なのです。
つまり、万が一の時にはこの小さなイースター島にスペースシャトルなどNASAが打ち上げたロケットが着陸するかもしれない・・・・。考えただけで緊張します。

イースター島に人は住んでいるの?

イースター島の人々
イースター島の人口は現在7000人ほどと言われていますが、
私が初めて、イースター島を訪れた20年前は3500人くらいと聞いていたので、なんと倍!になっています。

イースター島は観光業がさかんなため多くの方がその仕事目的でチリ本土の島外からからやってきたと思われます。
日本人も住んでいるんですよ。私の知っている情報では4名いらっしゃって、

うち2名は20年以上前から島で暮らしてるご夫婦です。ご主人が小さい頃にイースター島の魅力に惹かれて現在も島でペンションを経営をなさってます。もう2名の日本人はチリの旅行会社の駐在員さんといわれています。

ハンガロア村というイースター島で唯一の村があります。
ハンガロア村にはスーパーや市場、土産店、郵便局、学校、旅行会社、レストラン、教会などなど島民にとって必要なものがすべてまとまっています。日本食店もあります。

イースター島に日本から行く方法

イースター島に行く経路
とにかくたくさんの観光客が遠路はるばるやってくる人気のイースター島です。
島に行く方法は飛行機か、船の二択です。
島とつながっている空路は二つ。フランス領ポリネシアのタヒチからと、チリ本土のサンチャゴからです。
タヒチからでも、サンチャゴからでも片道5時間のフライトです。日本からイースター島に行くとなると図のように、30〜40時間かかってしまいます。乗り換えがあるので、乗り換えの待機時間も大変です。

船での定期便はありません。クルーズ船の寄港地としてイースター島に上陸することになります。その際も大きな港がないので船は沖止まり、テンダーボートといった小舟でのイースター島上陸となります。

イースター島の見どころ

イースター島のビーチ
モアイを作っていたラノララク山(モアイ製造工場といわれる山)には、いまだたくさんのモアイが山に聳え立っています。
イースター島の最初の王がやってきたと言われる白い砂浜のアナケナビーチ、イースター島のまわりのポリネシア圏最大の遺跡アフ・トンガリキは圧巻です。
吸い込まれそうなラノカウ火口と、鳥人伝説のオロンゴ岬などイースター島ならではの景色が盛りだくさんです。

観光名所は島のあちこちにあります。そのほとんどにモアイは存在しています。
他にあるのは椰子の木、心地よい風、美しい海、うっすらまあるい水平線など自然の風景。

私はモアイも大好きですがなんというか、この島のもつ自然のパワーというかエネルギーが印象に残っています。

いろんな名前で呼ばれるイースター島

イースター島観光
なじみのある「イースター島」。こう呼ばれているのは、約300年前の1722年にオランダのヤコブ・ロッゲフェーンによって島は発見されました。この発見された時期がキリスト教の復活祭(イースター祭)の日だったと言われています。

島は現在チリ領土なので「イースター」をスペイン語で同じ意味の
「イスラ・デ・パスクワ」
と呼ぶこともあります。

しかし、昔からイースター島に住んでいる島民は
「ラパヌイ」
と呼んでいます。
意味は大きく輝く大地です。(ラパ=陸、大地  ヌイ=大きい、輝く)

イースター島には、いろんな呼び名や由来が時代とともにあります。呼び名のなかでも私が個人的に大好きなのが
「テピトオテヘヌア」
です。『地球のおへそ』、『へその緒』という意味です。

また、島の東部にテピトクラという直径75センチほどの丸い丸い石があります。
「テピトクラ」
は光のおへそという意味です。
おへそはわたしたち人間にとっても命の原点です。「テピトクラ」という名前が私にはとてもしっくりきています。

モアイ象はなぜ、どうやって作られたの??

モアイの帽子プカオ
イースター島は世界七大不思議のひとつと言われています。
七不思議に制定された頃のイースター島は、ムー大陸の名残で、モアイを作って運んだのは宇宙人だったと言われていました。
(もちろん、今はそうではないとわかっていますが、テレビの空想はとびきり刺激的でした。)

本やネットでモアイを調べると、色が違う石帽子のようなものをかぶったモアイをみかけることがあります。
その石帽子のようなものは「プカオ」と言ってまげか、帽子ではないかと思われるのです。

モアイの素材は、ほとんどが凝灰石といった火山石で作られています。
プカオはモアイ像の本体とは違う、赤色の凝灰石(火山石)で作られています。

どちらの石も柔らかいので、固い石である黒曜石を使ってモアイは切り出されていたと言われています。

島にあるラノララク山がモアイのいわば生まれ故郷です。
わたしが観光でイースター島を訪れたとき、ガイドさんから日本語で

「モアイセイゾウコウジョウ!(モアイ製造工場)」
と紹介されました。約1000年もの間形を変えながらモアイ作りが続けられたといわれています。歴史資料によると、モアイ作りは1680年頃には作られなくなったようです。

イースター島のモアイは立っていない?

作りかけのモアイ
イースター島には約900体のモアイが存在していますが、モアイと聞くとどんな形を想像しますか?
おそらく立っているモアイが想像しやすいのではないかと思います。
しかし実際には、イースター島に立っているモアイは50体もありません。

ほとんどは倒れていたり(倒されているものが多数)、作りかけだったり、運び途中だったり・・・初期のモアイは中期や後期にリユースされているものもあります。 古すぎるモアイは言われないとわからないほど風化が進んでいます。

イースター島にはなぜ森林がないのか

イースター島には森林がない
モアイ象は何のために作られたのでしょうか?諸説ありますが、モアイとモアイが乗っている祭壇(アフといいます)はお墓やお墓として作られ始めました。お墓の上にモアイを置く。それが部族の祖先を崇拝するものへと変化していったということが有力のようです。

イースター島にはなぜ森林がないのか①モアイが作られなくなったことが関係?

イースター島になぜ森林がないのか
モアイは部族間の競争の対象となり、大きなアフや大きなモアイを作ることが部族の強さの表れとなりました。モアイを巨大化して、モアイを複数つくることで競い合いが激しくなっていくのです。大きさや数え勝負していたようです。

この競い合いが進展するとどうなるでしょう。
イースター島の木や草はモアイをラノララク山(モアイ製造工場)から運ぶためのローラーがわりの道具として切り倒されます。そうなるとイースター島は、森林がどんどん失っていきました。

木がなくなった山に雨が降ると、畑が水で流されたり、土が海に流出していきます。水も汚れて作物を育てることが難しくなります。食料の生産力が減っていきます。

食料問題に、追い打ちをかけたのがイースターの人口爆発です。少ない食料を取り合うため、深刻な食料不足になってしまいました。

食糧不足からイースター島の部族間で争いが起きていきました。イースター島の争いは相手部族のモアイをうつ伏せに倒し、マナ(精霊)が宿ると言われている瞳を粉々に砕くのです。

この部族間の争いを『フリ・モアイ(モアイ倒し戦争)』と呼びます。約150年の戦争でイースター島のすべてのモアイは倒されてしまいました、そして新たにモアイを作ることもなくなってしったと言われています。

イースター島にはなぜ森林がないのか②動物やモアイ運びが原因?

イースター沖
最近のボーリング調査で、昔のイースター島はたくさんの椰子の木に覆われていたことが判明しています。

モアイ倒し戦争意外にも森林がなくなるキッカケがあったという研究もあります。
諸説ある研究の中に、
ネズミが人間と一緒にイースター島にやってきて、ねずみの天敵がいない状態で繁殖し、かなりの椰子の木をねずみが食べつくしたという説。

人間が家屋や燃料、船など人間が便利になるために森林伐採したことが追い打ちをかけたという説。相手の民族よりも多くのモアイを作ることに一生懸命になりすぎて、モアイ運びに欠かせない木を切り倒した。次々に森林がなぎ倒されついには最後の一本も使ってしまった・・・という説。

私はどちらもあるのではないかと思っています。モアイづくり全盛期にはものすごいスピードで木が切られていったことは間違いないでしょう。

イースター島にはなぜ森林がないのか③イースター島の悲劇

イースター島に森林がない
数十年で5千人の人口が2万人と膨れ上がり、食糧危機がイースター島を襲います。
少ない食糧を奪い合うために大規模戦争が起きました。なんて悲しい出来事なんでしょう。

このとき部族間でモアイ倒しが始まります。これを「フリ・モアイ」と呼びます。
モアイは各部族の守り神、大切なモアイを倒すことが相手に大きなダメージを与えるということは言うまでもありません。数百年もかけて築いてきたモアイたちはたったの50年でことごとく倒されてしまいました。
このモアイ倒しは1800年頃まで続いたそうです。

島の悲劇はそれだけではありません。
次々と訪れる外来人(外国からの人)により、島の人々は誘拐され、時には溺死(おぼれさせる)させられ、また生きて帰れても伝染病にかかっていたため薬のない多くのイースター島民が亡くなりました。

また1862年にはペルー艦隊によって1000人もの島民が奴隷狩りで誘拐されるなど、たったの60年ほどの間で人口は激減したのです。
1877年には約100人に減ってしまったとの記録があるそうです。

2万人が100人って、信じがたい数字です。
そしていまは約7000人が住んでいるということですから、とてつもなく長い時間をかけて、島は再生を成し遂げたんです。しかしながら新たな問題が発生しました。それは環境問題です。

イースター島にはなぜ森林がないのか④現在の島には森林が存在

イースター島植林活動
イースター島の森林は最後の一本まで無くなったといわれています。では、今の島はどうなっているのでしょう。

現在の島には森と呼べるような場所はありません。木がたくさん並んでいますが、規則正しくです。つまり植林されているということです。
島の固有種に加え、椰子の木などを他国から運び木々を増やしています。森と呼べるようになるまでにはまだしばらくかかるでしょう。

イースター島にはなぜ森林がないのか⑤島のゴミ問題・環境問題

イースター島の住宅
最近は買い物に行くにもマイバッグが当たり前になり、日本でもレジ袋は有料化されています。
環境問題と一言で言っても様々ではありますが、近年の海の汚染に関しては深刻な状況です。
私もときどき日本の海に訪れます。時々子どもたちとゴミ拾いをすることがありますが。30分もあればあっという間に満杯です。

その多くはペットボトルやプラスチック容器です。日本語のもの、遠い国の言語が書かれたゴミもあります。北西ハワイやアメリカ西海岸には日本からのゴミが漂流しているといわれています。

また太平洋側の海岸では日本国内のゴミが海流に乗ってあつまり、漂流してきます。
大きなプラスチックは手で拾えますが、紫外線で劣化したり、波や岩礁にぶつかる、破砕されて細かくなったものなどマイクロプラスチックになったものを拾うことはほぼ不可能です。
マイクロプラスチックなどを食糧と間違えて誤飲し命を失う生き物たち、汚染された海の生物を食する私たち。
同じ地球に生きているので、どこも絶対に切り離せない・・・。ゴミが世界を旅しています。

イースター島に話しを戻しますね。イースター島にはたくさんの観光客が訪れます。イースター島の経済の8割は観光業といわれるほどたくさんの方が島を訪れます。そうすると、持ち込んだゴミがたくさん出ます。
イースター島では観光客や島民の増加による環境ダメージが大きな問題となっていて、とりわけ早急な対応が求められているのがゴミ問題。

島には「ゴミ焼却炉」がありませんが「ゴミ処理場」があります。

と言っても、私たちがイメージする日本のゴミ処理場とはだいぶ異なるものです。なぜなら、焼却施設がないんです。「ゴミ捨て場」と言った方がしっくりくるようなものです。これにはイースター島の経済的な問題と、焼却施設による環境ダメージの問題があります。

イースター島に焼却施設がないとなると、どう分別してどう処理していくのか、たいへん難しい問題です。
しかし、人口約7000人程度の小さなイースター島に大規模な処理施設の建設は、かえって環境ダメージを広げかねません。

「ゴミの分別、リユース、リサイクルなどの教育をしっかり行い、ゴミを最小限にして適切に処理できるサイクルが作れれば、イースター島は十分やっていける」と前向きに考えている島民がたくさんいます。

島ではいま、この「ゴミ処理場」を「エコパーク」にし、島民みんなでゴミ問題について考え、取り組める場所とする計画が進んでいるそう。

また、たくさんの旅客船(クルーズ)が入れるように大きな港をイースター島に作ろうと言う話がでました。
しかし、イースター島に大きな港を作ることで環境が破壊されるのではないか!と反対の声も多くあります。いまは旅客船(クルーズ)で島に上陸するためには小さな小舟や島民の船などを利用して上陸します。
小さな船なので、イースター島の周りの天候が悪く波が高いと上陸できないかもしれないリスクはありますが、私は大きな港はできれば作ってほしくないと思っています。

イースター島の自然に還っていくモアイ象

天を仰ぐモアイ像
イースター島には約900体のモアイがいます。
モアイ製造工場であるラノララク山には作りかけのモアイや、運び途中のモアイが存在します。イースター島できちんと立っているモアイは約40体です。残りのほとんどがラノララク山でどんどん風化し、土に還ろうとしています。

イースター島の海側には言われないとわからないほど、風化したモアイが倒れています。
フリモアイ(モアイ倒し戦争)で倒されたものもあれば、1960年のチリ沖大震災の時に起こった津波で倒れたものもあります。

イースター島は日本人が好き!世界ふしぎ発見!の奇跡

イースター島を復活させた世界ふしぎ発見
イースター島で長い間倒されたままのモアイを1988年、日本のある番組が取り上げました。
それは「世界ふしぎ発見!」というテレビ番組です。

番組内でイースター島の知事セルジオ・ラプ氏が「もしクレーンがあればモアイを立たせて立派に修復できるのだが・・・」
島の知事のセルジオ・ラプ氏が言ったその言葉に対して
解答者の黒柳徹子さんも「私たち日本の企業もできることがあれば助けてあげられたらいいのに」というようなことを言ったんだそうです。

そのテレビを見ていた香川県のクレーン会社「タダノ」の社員さんが、うちの会社が助けてあげられないだろうか?と、タダノの社長にかけあったところモアイ起こしに協力することになりました。

モアイ修復するため、クレーン会社の「タダノ」と、チリ政府の共同プロジェクトが立ち上がったのです。
実際に日本から「タダノ」のクレーンがイースター島に運ばれモアイ修復が開始されたのは1992年です。

1995年5月までこの修復プロジェクトは続いています。これによって修復されたのがポリネシア圏で最大の遺跡となるのが、イースター島のアフトンガリキです。

15体のモアイが大きなアフ(祭壇)の上に立っています。両翼は約100メートルもあります。
トンガリキとは「王の港」という意味を持っています。

本物のモアイ象が日本に運ばれてきた!

大阪万博にきたモアイ
イースター島の「アフトンガリキ」という場所のすぐそばにある丘に1体のモアイが立っています。
このモアイはなんと1970年の大阪万博で日本に来た経験があるんです!

モアイのほとんどが海岸線に作られ、海に背を向けています。モアイは島と人々を見つめ守っていたと言われています。
しかしイースター島の「アフアキビ」という場所のモアイ7体だけが草原の中に立ち、海を向いているのです。
このアフアキビの7体は、初めてこの島にやってきてホツマツア王の息子たちを祀った(まつった)ものだと言われています。
この7体は絶海の孤島と言われているこの島を守るために海を見つめているように私には見えました。

イースター島にあるモアイ製造工場

ラノララク山
ラノララク山(モアイ切り出し山)にいるモアイの紹介も少しします。
正座するモアイ・トゥリトゥリです。
正座をするモアイ
これは初期のモアイなので顔とか体つきが丸いです。
ラノララク山にちょこんと座っていてかわいいです。

続いてモアイ・ピロピロくん!
作りかけの状態でモアイ作りが終わってしまいましたが、完成していたら島で一番大きいモアイです。
モアイにはすべて名前がついているそうですが、私には全部は覚えきれません・・・

ちなみに私が一番好きなモアイはフリアウレンガと言って、手が4つもあって、森の茂みにひっそり立っています。

モアイ象には瞳が存在する

お土産のモアイ像
モアイには眼があったということはご存じでしょうか?写真はイースター島のお土産屋さんのモアイ像です。
日本のダルマに例えるならば最後に眼を書き入れて願をかけるように、
モアイも製造の最後に眼をいれることで、精霊(マナ)が宿ると言われていました。

フリモアイ(モアイ倒し戦争)の時に、真っ先にモアイの目が砕かれたため、現在発見されているモアイの眼はひとつだけなんです。

この眼は貴重なので世界中の博物館を渡り歩いており、島の博物館に展示期間は少ないと言われています。

モアイの瞳を偶然見た友人は、想像を絶する美しさで吸い込まれそうになったと言っていました。
白目は白石珊瑚、瞳は赤色凝灰石で出来ています。モアイの目の幅は約35センチといわれています。

ちなみに、島の中には眼が描かれたモアイ(アフ・コテリク)がありますが、本当のモアイは描いてはいません。
あくまで復元なので、イースター島旅行の時はお間違いなく。

イースター島の古の伝説!鳥人儀礼とは?

イースター島の鳥人伝説
年に一度行われていたイースター島の最高儀式である鳥人儀礼。

これはモアイを作っていた時代よりも、もっとあとのお話です。
鳥人儀礼の目的は「鳥人になり、強い霊力を手に入れること」だったようです。

ちょっとカタカナが多い文章になりますが、お付き合いください。

イースター島には創造神マケマケがいました。
名前もかわいいですが、マケマケの壁画を見てみると、丸く無限マークを書いたような容姿です。

このマケマケの化身がタンガタマヌと言って、頭は鳥で体が人間、つまり鳥人なのです。

鳥人は自由に空を飛び、波を越えていく。神の化身である鳥人になるための儀式はとても過酷なものでした。
マケマケが海鳥のマヌタラ(軍艦鳥)に小さな3つの島を与え、春になるとマヌタラがそこで卵を産む。
その一番最初に産んだ卵を最初に手にし、海を渡って帰ってきたものに強い霊力(マナ)が与えられる、というのがこの鳥人儀礼です。別名、卵取りレースとも言われています。
イースター島の地図

3つの島はイースター島の南西部にあります。
そこへ渡るにはオロンゴ岬の240メートルもの断崖絶壁を降り、サメが泳ぐ荒波を泳いで行かなくてはなりません。島にたどり着く前に命を落とした人もいたようです。
実際にオロンゴ岬から下をのぞいてみましたが、私は足がすくみました・・・。
でもオロンゴ岬から見る景色は最高に美しくて、ここで鳥人儀礼が行われていたなんて想像しがたかったです。

オロンゴ岬にはたくさんの岩絵も残っています。
マケマケやタンガタマヌなど500以上の岩絵が存在しているそうです。

オロンゴ岬のすぐ側には、島の中でも私の大好きスポットであるラノカウ火口のカルデラ湖があります。
少し内側に入ると音が消えて、吸い込まれそうになります。
直径が1.6キロ、高低差200メートル。
すり鉢状になっていて、空の色を映し出しきらきらと輝いてみえます。
イースター島の名前の呼ばれ方のひとつにマタキテランギがありますが、その意味は「天を見る目」
まさにイースター島は瞳の部分だと私は思っています。

鳥人儀式の際、闘いに敗れた部族の何人かは生け贄とし、食べられていたとも言われています。

アナカイタンガタという洞窟があり、(アナ=洞窟 カイ=食べる タンガタ=人)
その名の通り、鳥人儀礼の後の宴が行われていたという場所です。
天井には鳥人の絵が赤く描かれていて、もちろんいまでも残っていますが、海のすぐ側ということもあり風化してきています。

この鳥人儀礼は1866年に廃止されたそうですが、理由は定かではありません。
しかし、歴史の書物を読んで好奇心がくすぐられます。
歴史を調べて、突き詰めていくってかなりの時間と推測と想像と物証が必要ですよね。
私は飽き性なので、とてもじゃないけど無理です。
私はもうただただ、イースター島が大好きでたまらないという思いだけ。

イースター島の未来は?

イースター島
イースター島の歴史は、現代の地球の歴史といっても過言ではありません。
昔のイースター島は、相手の部族に負けないように、モアイを作り合戦が行われていました。大きなモアイを作れば、相手の部族がそれよりも大きなモアイを作る。モアイの大きさもモアイの数でも争いました。モアイを運ぶために木を切ってローラーのようにしてモアイを運んでいたため、知らず知らずの内に森林資源がなくなってしまったといわれています。そして、木を切ったことで、木の実がなくなります。木の実を食べていた動物も食べ物がなくなってしまうので、繁殖できなくなってしまいます。木がなくなっことで木の船もつくれません。船が作れないので魚がたくさんいる沖合にいくことができなくなってしまいます。そのため、食糧危機が起こり部族戦争に発展してしまいました。

このイースター島の出来事って、いまの地球と酷似(似ている)と思いました。
石油や森林、鉱物資源を消費して相手の国や会社よりもよい製品を作ってお金儲けをする。

森林が減って、地球の温度が上昇。雨が降らない地域がでたり季節のリズムが崩れる。すると食料が育ちにくくなってしまう。そして気温が高くなると生きられない魚や動物たちの生態系にも影響を与えていく。汚染物質(マイクロチップ)が海に流れて、その魚を人間が食べたりする。新たな病気が発生するかもしれない。温度上昇により、未知のウイルスが流行して、生物に影響を与える可能性もあるでしょう。

そうならないために、過去の歴史を学び、未来に繋げていく必要があると考えます。

イースター島まとめ

イースター島
イースター島には、是非訪れてみて欲しいです!
日本から飛行機の直行便もなく、移動に2日近くかかるイースター島。船で行くにしても地球一周のクルーズに乗船し、日本を出航してから約2か月後に到着。それくらい日本からは遠い島です。
でもですね、本当に本当に素敵な島なんです。モアイだけではない、イースター島自身がもつ力を是非皆さんも実際に訪れてみて、体感してみてください!